2026年2月25日、NoBorder DAOなる団体が「サナエトークン(SANAET)」をSolanaブロックチェーン上で発行しました。高市早苗首相の名を冠し、「Japan is Back」プロジェクトの一環として民意収集(ブロードリスニング)のインセンティブに用いるとされるトークンです。
総発行量は10億枚、初期価格は0.1円。分配比率は、リザーブ(運営・マーケティング用)65%、コミュニティエアドロップ20%、流動性供給10%、チーム5%(6ヶ月クリフ、12ヶ月ベスティング)とされています。現在、Raydium等のDEX(分散型取引所)でのみ取引されており、日本の登録暗号資産交換業者では取扱いがありません。発行後、価格は初値から約30倍に急騰しています。
なお、高市早苗首相本人や政府による公式な関与・承認は確認されていません。
トークン発行という試み自体は興味深く、必ずしも反対の立場ではありません。しかし、法的な整理は別問題です。以下、資金決済法上の論点を検討します。
1. 文理解釈:「暗号資産交換業」の該当性
資金決済法第2条第7項は、「暗号資産交換業」を、暗号資産の売買・交換、その媒介・取次・代理、及び利用者の金銭・暗号資産の管理を業として行うことと定義しています。
文理上、トークンを「発行」する行為そのものは、同項各号のいずれにも直接列挙されていません。したがって、発行行為それ自体が直ちに暗号資産交換業に該当するとは解されません。
2. 目的論的解釈:利用者保護の要請
しかし、資金決済法第1条は「資金決済に関するサービスの適切な実施を確保し、その利用者等を保護する」ことを目的として掲げています。
仮に、誰もが自由に新トークンを作成し、DEX等で市場に流通させ、SNSで価値上昇を吹聴し、高値で売り抜けることが法規制の対象外であるとすれば、購入者は多額の損失を被り得るにもかかわらず何ら保護されないことになります。これは法の趣旨に反します。
3. 金融庁ガイドラインの規範
金融庁「事務ガイドライン(第三分冊:金融会社関係)16 暗号資産交換業者関係」Ⅱ-2-2-8「ICOへの対応」(2025年4月9日最終更新)は、以下の規範を示しています。
【原則】
ICO(Initial Coin Offering)とは、明確な定義はないものの、一般に、企業等がトークンと呼ばれるものを電子的に発行して、公衆から法定通貨や暗号資産等の調達を行う行為の総称をいいます。ICOにおいて発行されるトークンが法第2条第14項に規定する暗号資産に該当する場合、当該トークンを業として売却又は他の暗号資産と交換する行為は、暗号資産交換業に該当します。
【例外】
暗号資産交換業者がトークンの発行者の依頼に基づいて当該トークンの販売を行い、発行者がその販売を全く行わない場合には、発行者の行為は基本的には暗号資産交換業に該当しないと考えられます。
【判断基準】
発行者の行為の暗号資産交換業該当性については、発行者と暗号資産交換業者との間の契約内容、販売行為の内容、発行者による販売への関与の度合い等を考慮の上、最終的には個別具体的に判断することとされています。
4. サナエトークンへの当てはめ
上記規範をサナエトークンに当てはめると、以下の事実が問題となります。
(1)トークンの暗号資産該当性
サナエトークンはSolanaブロックチェーン上で発行され、DEXで他の暗号資産(SOL等)と交換可能であり、不特定者間での移転が可能です。資金決済法第2条第14項の「暗号資産」に該当する蓋然性は高いといえます。
(2)「業として」の要件
発行総量の65%がリザーブとして運営側に留保され、継続的に売却される計画とされています。対公衆性(DEXを通じた不特定多数への販売)、反復継続性(65%リザーブの継続的売却計画)、営利性(初値0.1円からの価格上昇後の売却による利益獲得可能性)の各要素からすれば、「業として」の要件を充足する余地があります。
(3)例外の不該当
ガイドラインの例外(登録業者に販売を委託し、発行者自身が全く販売しない場合)は、本件では適用されません。サナエトークンは日本の登録暗号資産交換業者を一切経由せず、DEXのみで取引されているためです。
(4)発行者の販売関与の度合い
公式ウェブサイト(japanisbacksanaet.jp)の運営、公式Xアカウント(@SANAET_JisB)による情報発信、「Japan is Back」プロジェクトとしてのマーケティング活動、DEXへの流動性供給(発行量の10%を直接供給)――発行者自らが積極的に販売促進活動を行っていると評価し得る事情が存在します。
5. 無登録営業の問題
暗号資産交換業に該当する場合、内閣総理大臣の登録が必要です(資金決済法第63条の2)。無登録で暗号資産交換業を行った場合、5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金又はこれらの併科に処されます(同法第107条)。
NoBorder DAOが暗号資産交換業の登録を受けている事実は確認できません。
6. 利用者保護上の問題点
加えて、以下の事情は利用者保護の観点から問題を孕んでいます。
第一に、「投機目的ではない」との説明と、発行直後に約30倍に急騰した実態との乖離です。第二に、高市早苗首相の名を冠しながら、首相本人・政府からの公式な関与・承認がない点です(無断使用の可能性があります)。第三に、65%リザーブの継続的売却は、既存保有者の利益を希釈し得る構造的リスクを内包しています。
7. 結論
サナエトークンの発行・販売スキームは、資金決済法上の暗号資産交換業に該当する可能性があります。
とりわけ、発行者がDEXを通じて不特定多数にトークンを継続的に販売し、自ら公式サイト・SNSで販売促進活動を行い、かつ登録暗号資産交換業者を一切介在させていない点は、ガイドラインの例外に該当しない方向に作用します。
トークン発行という新たな試み自体を否定するものではありませんが、法令遵守は大前提です。発行者においては、暗号資産交換業の登録要否について慎重な法的検討が求められます。
8. 購入を検討されている方へ
上記のとおり、サナエトークンには資金決済法上の適法性に疑義があります。加えて、以下のリスクを認識していただく必要があります。
DEXのみで取引されるトークンは、登録暗号資産交換業者が取り扱うトークンと異なり、金融庁の監督下にありません。利用者保護の仕組み(分別管理義務、情報提供義務、AML/CFT対応等)が及ばないため、問題が生じた場合の救済手段は極めて限定されます。
65%のリザーブが運営側に留保されている以上、運営側による大量売却(いわゆるラグプル)のリスクは構造的に内在しています。初値から30倍に急騰した価格は、いつ急落してもおかしくありません。高市早苗首相の公式な関与がない以上、「政府公認」等の印象は誤認であり、そのような期待に基づく購入判断は危険です。
購入される場合であっても、全額を失っても生活に支障のない少額にとどめてください。これは暗号資産一般に言えることですが、上記の法的リスクを踏まえれば、サナエトークンについては特に申し上げておきたい点です。
補足:金融商品取引法との関係
サナエトークンのリザーブ65%の運用・売却スキームによっては、金融商品取引法第2条第2項第5号・第6号の集団投資スキーム持分に該当する可能性も理論上排除できません。
もっとも、現時点で公表されている情報からは、出資者が収益配分を受ける構造であるか否かが明確でないため、この点は事実関係の判明を待って別途検討を要します。
【追記】その後の経過(2026年3月2日~7日)
本コラム公開後、事態は急速に動きました。時系列で整理します。
3月2日 高市早苗首相が自身の公式Xで関与を全面否定しました(該当ポスト)。「このトークンについては、私は全く存じ上げませんし、私の事務所側も、当該トークンがどのようなものなのかについて知らされておりません」「本件について我々が何らかの承認を与えさせて頂いたこともございません」と明言しています。これを受けてトークン価格は急落しました。
3月3日 金融庁がサナエトークンの実態把握に乗り出したと報じられました。
3月4日 片山さつき金融相が衆院財務金融委員会で「被害者から告発などがあった場合、必要があれば利用者保護のために適切に対応する」と答弁しました。同日、運営側が謝罪し、トークン保有者への補償、名称変更、検証委員会の設置を表明しました(CNET Japan報道)。なお、運営側は「高市事務所ならびに高市総理公認の後援会と協議を重ねていた」と説明しており、首相側の全面否定との間に食い違いが生じています(女性自身報道)。
3月5日 運営側が「Japan is Back」プロジェクトの中止を発表しました(産経新聞報道)。
なお、本コラムの公開後、マスコミから取材のご依頼をいただきましたが、未だ不透明なところもあるため、現段階ではお断りしております。
今回の件から学ぶべきこと
サナエトークンは、現職の首相の名前を冠したことで大きな注目を集め、結果的に早期に問題が顕在化しました。しかし、本質的な問題はサナエトークン固有のものではありません。
今回のスキーム――新トークンを作成し、DEXで流通させ、著名人や時事的なテーマを絡めてSNSで話題を作り、価格が上がったところで売り抜ける――は、技術的には誰でも模倣可能です。Solanaに限らず、ブロックチェーン上でトークンを発行すること自体は極めて容易であり、登録暗号資産交換業者を経由しないDEXでの取引に金融庁の監督は直接及びません。
今後、同様の手口で「○○トークン」が次々と現れる可能性は十分にあります。著名人の名前、政治家、流行のテーマ――素材を変えるだけで同じ構造は何度でも再現できます。
本コラムで整理した法的論点(暗号資産交換業該当性、無登録営業の問題、利用者保護の不在)は、サナエトークンに限らず、同種のスキーム全般にそのまま当てはまります。「今回は大丈夫」「次こそ本物」と思わせるのがこの手のスキームの常套手段です。暗号資産への投資を検討される際には、登録暗号資産交換業者で取り扱われているかどうかを最低限の判断基準としていただければと思います。



